惠乃庵けいのいおり
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朝の境内に立てかけられた竹ぼうきと落ち葉

Founder創業者

創業者のことば

一本の竹ぼうきから、惠乃庵は始まりました。

名もない人の、
ひと言に救われた。

一本の竹ぼうきから、惠乃庵は始まりました。

あの朝の、
ひと言から

若いころの私は、長く病に苦しんでいました。体の痛みよりもこたえたのは、この先の自分の姿がまるで見えないことでした。周りの人はやさしく、だからこそ、心の底にあるものを誰にも打ち明けられずにいました。

ある秋の朝のことです。病院からの帰り道、ふと目に入った小さな神社の鳥居を、理由もなくくぐりました。ひんやりとした境内には、竹ぼうきの音だけが響いていて、年配の女性がひとり、黙々と落ち葉を掃いていました。

会釈をして通り過ぎようとしたとき、女性は手を止め、私の顔をじっと見て言いました。

「ずいぶん長いこと、ひとりで踏ん張ってこられたんですね」

何ひとつ話していないのに、胸の奥にしまい込んでいたものを、そっと言い当てられたように感じました。私はその場から動けなくなり、気づけば、誰にも言えなかったことを、ぽつりぽつりと話していました。

女性は、多くを語りませんでした。ただ最後に、掃き集めた落ち葉の山を指さして、こう笑いました。

「葉は落ちても、木はもう、春の支度を始めているんですよ」

その日を境に、病がすぐに癒えたわけではありません。けれど、苦しみの見え方が、少しずつ変わっていきました。昔の人の言葉を手に取るようになり、禅の教えや茶の湯の心、遠い国の哲学者の言葉に、何度も救われました。二千年も前の人が、今の私と同じことで悩み、それでも前を向いていた。そのことが、何よりの励ましになりました。

療養の日々の中で、私は季節を数えるようになりました。春には桜が咲いては散り、夏には軒先の風鈴が鳴り、秋には山が錦に色づき、冬には雪が町の音を静かに消していく。この国の人々は、移ろうものを嘆くのではなく、移ろうからこそ美しいと、千年も前から愛でてきました。「もののあはれ」と呼ばれるその心に触れたとき、限りあるこの身もまた、季節のひとつなのだと思えたのです。

あの神社の境内も、きっと何百年ものあいだ、誰かの手で毎朝掃き清められてきたのでしょう。名も残らない人々が、ほうきを手に取り、手を合わせ、季節の行事を守り、言葉と心を次の世代へと手渡してきた。私たちは、その長い長い営みの上に、今日を生きています。そう気づいたとき、自分はひとりで立っているのではないのだと、深い安らぎを覚えました。

あの朝、名も知らぬ方が私にしてくださったように。そして、この国の先人たちが代々そうしてきたように。言葉にできない苦しみに、そっと耳を傾け、古い知恵をひとつ添えて、背中を押す場所をつくりたい。そう思って開いたのが、惠乃庵です。

この庵が、どなたかにとっての「あの朝の神社」になれたなら、これほどうれしいことはありません。

惠乃庵 創業者
朝霧の杉木立に立つ木の鳥居
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